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 平成3年春、大学を卒業した私は結局名古屋に戻ってきました。10年ひとむかしというけれど、速いもので15年がたちました。その15年はどういうものだったのか、その意義を問うために自分なりに整理して綴ってみたいと思います。
 卒後進路を決める時やはり悩みました。自分は何がしたいのか、どういう方向に進んでいけばいいのか、簡単に出る答えはありません。当時の選択肢は大きく分けて2つ、大学に残るか、開業医に勤めるか、でした。開業をなるべく早くしたいという人は、やはり開業医に勤務医として入り数年後に開業というパターンになります。全国から集まる同級生も、故郷に帰り開業したいと思う人が多数で約半数以上が開業医勤務を選択していました。自分は・・・学年も進むにつれ大学に残りたい、というよりはトレーニングを積んで勉強してそれから開業かな、という漠然としたものでありました。大学に残るといっても歯学部の中にも色々な講座があります。母校にも臨床講座として、保存科(も分かれていて修復学、歯周病、歯内治療)や補綴科(も分かれ部分床義歯、全部床義歯、クラウンブリッジ)、小児歯科、矯正歯科、予防歯科、口腔外科等がありました。基礎講座もたくさんありますが、基礎に行く人は変わり者、と思われていた印象があります。やはり多くは保存科、補綴科を選択し開業というパターンが多かったように思います。

 私は臨床実習の時、口腔外科のインストラクターの先生方の全身を診る姿勢、外科手術の手際の良さ、豊富な知識、に感銘を受け、「医者じゃないよね???」と思ったぐらいです。そういえば実は私、今でもたまにありますが学生時代よく人に、どうして歯医者になりたいの?とかなんで歯学部に行ったの?医学部に行きたかったんじゃないの?とかうんざりするくらいです。多かれ少なかれ歯学部の学生は医学部の学生にコンプレックスを抱くようです。医学部に入れなかったから歯学部に入った、と思われがちです、確かにそうだった人もいますが、決してみなそうではありませんでした。私の答えはいつも、医者になりたいと思ったことはない、人の死を自ら扱うのは責任が重いからと。また、手先の器用さを生かしたい、と思ったからと。

 少し脱線しましたが、進路を決める際、口腔外科のトレーニングを受け全身を診れるようになってから開業したい、と思うようになったのです。「医者になりたいと思ったことはない」自分が歯学部の中で最も医者に近い(もちろん外科系のですが)ことをやるようになるとは皮肉な感じです。開業するにしても何か他の歯科医院にはできないようなことをできる特殊性を身につけてからでないとだめだ、とは当時から思っていました。しかしながら数年もしくは10年以内で開業を目指していながら、いろんな事情でまさか15年も病院の口腔外科に身を置くことになるとは思ってもいませんでした。

 当時、母校の恩師である第一口腔外科の中島教授に進路の相談を幾度としました。大学時代ラグビーをしていましたが、ラグビー部の顧問をされていた関係で中島教授には様々お世話になりました。6年間のラグビー生活には色々な思い出がありますが、あまりにたくさんあるためここでは省略(このコラムとは関係がないため)します。生傷が絶えませんでしたが・・・。第一口腔外科に残ることも考えましたが、ゆくゆくは名古屋に帰るつもりであることをお話すると中島教授は、名古屋なら絶対名古屋大学の口腔外科に行け、との助言をいただき当時の名古屋大口腔外科学講座の金田教授(現名誉教授)に紹介をしていただくことになった次第であります。そんなことで平成3年の春、名古屋に戻り期待と不安の新しい生活が始まり、15年の口腔外科がここでスタートとなったわけです。

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